不器用王子の甘い誘惑
27.敵わない
 爽助さんなんて恥ずかしいし、松田さんを見るとつい敬語が出てしまう。
 顔を見ない会話なら『奏ちゃん』なんて馴れ馴れしい呼び方も出来たのに。

 紗良の戸惑いを知らない松田さんは「香川先輩に悪いことしたかなぁ」と呟いていて、紗良は思うことがあった。

 香川先輩のこと、私の為に庇ったって本当ですか?
 ずっと聞きたかったのに聞けなかった。

 紗良ちゃんの為だと思うと言った経理課の天野さんはくっつけたがりだから……。
 昔は早瀬主任とくっつけようとしたりして。
 だから願望みたいなのも多少なりとも入ってそうだもんなぁ。

「どこに行くか言ってなかったね。
 行き先は水族館だけどいいかな?
 今なら映画くらいには変更可能だよ。」

「水族館!好きなので嬉しいです!」

 普段は行きたいけど、一緒に行ってくれる瑞稀が忙しいとなかなか行けないし。
 それにカップルばかり目につく気がして……。

「なら良かったよ。
 チケットを知人にもらって、こういうところ紗良が好きそうだなぁって思ったんだ。」

 本当に自覚なし天然たらし男なんだから。

 運転しながら笑みを浮かべる松田さんはちょっとした仕草までかっこいい。
 ウィンカーを出す指の動きも、車線変更する時に確認する動作も。

 何も言わなくても絵になる松田さんが一緒にいない時にまで自分のことを考えてくれていたと思うと浮き足立ちそうになる。

 うん。今日は浮き足立ちゃおう。
 せっかくのデートなんだから。
 ……練習ですけどね。

「お昼は私に奢らせてくださいね。」

 紗良の提案に松田さんはまた笑う。
 髪をかきあげて少しだけ困った顔をするのはずるいと思う。

 男らしい姿を見るよりも捨てられた子犬のような松田さんの方が断れない気がする。

「昼は俺に任せてよ。予約したんだ。
 せっかく驚かそうと思っていたのに。」

「……ごめんなさい?」

「フッ。そうだね。計画が台無しだ。」

 そう言って松田さんは柔らかく笑う。

 水族館は嫌だから映画館って言っていたら何もかもが台無しだったのに。
 それでも、きっと映画館って言っても嫌な顔1つしないんだろうな……………。

「もしも今から映画館って言ったらどうします?」

「何?何?映画がよくなったの?」

 楽しそうに笑う松田さんには敵わない。

「ちょっと言ってみたかっただけです。」

「映画もさ。紗良と行ったら楽しいだろうなって思ってたよ。
 感動作を見たら泣くのかなとか。」

「絶対に感動系は一緒に見ません!!」

「そんなこと言わないで今度一緒に見ようよ。
 部屋でゆっくりDVDでもいい。」

 今度もあるのかな。だって練習なのに。

 嬉しそうに誘ってくれる松田さんに今は夢見心地の時間だからと「いつか見たいですね」と夢見心地な返事をした。






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