不器用王子の甘い誘惑
4.美味しい話と憩いのオアシス
 きっとずっと前なら松田さんからの食事のお誘いに喜びまくって、尻尾振ってついていってたと思う。
 甘い罠だなんて考えないで私の王子様が現れたんだって。

 でもさ。美味しい話には裏があるって言うじゃない?
 純粋なだけじゃ生きていけないって知った。

 だからもう夢は見ない。



「で?いい加減、彼氏でも出来たの?
 いつ結婚するの?」

 帰り道で取った電話。
 田舎のお母さんからだった。

 聞きたくない小言。

 駅から歩く1人寂しい帰り道に『彼氏』『結婚』は痛い話題だった。

 さっきまで目の保養そのものの松田さんといたのに、電話に出ただけでそれは夢ですよって言われてる気がする。

 夢って……分かってるんだけどさ。

「おばあちゃんが「まだ紗良の王子様は現れないのかねぇ」って心配してるわよ。」

「あはは……。」

 ごめん。おばあちゃん。
 現実世界にそうそう王子様は落っこちてないんだ。
 落っこちて………うん。松田さんは落っこちてはない。

 松田さんはまさに王子様だけど、住む世界が違う人。

「まったく。
 お母さんの病気が治ったら「継母に育ててもらうのが夢だったのに!」って変なこと言うくらいだったのにねぇ。」

「ははは。お母さん。
 子供の頃の話でしょ?」

 そっか。継母に育ててもらわなかったから王子様が迎えに来てくれないんだ。
 ……なーんて。現実はそんなに甘くないってことくらいもう大人なんだから分かってる。

「憧れの『こうくん』は今、どうしてるのかねぇ。」

 憧れの『こうくん』忘れられない思い出。

「そんなの子供の頃の話だよ。
 こうくんも忘れてるよ。」

 細くて小さくて綺麗な顔立ちのこうくん。
 最初は女の子かと思ったっけ。

 でもやっぱり男の子で私が泣いてたら励ましてくれた。

「たまには帰って来なさい。
 おばあちゃんも会いたがってるよ。」

「うん。」

 会うとお別れが近づいている気がしちゃって記憶の中のおばあちゃんのままにしておきたくなる。
 前よりも小さくなっちゃったおばあちゃんを見るのがつらい気がして。

 それに………。

 まだおばあちゃんに顔向けできるほど立派になれていない気がするんだ。




< 7 / 89 >

この作品をシェア

pagetop