消極的に一直線。【完】
「うっ……」



ナイフを持つ男が、小さく声を漏らした。



その直後、男は崩れるように地面に倒れる。



理解できない出来事に、ふ、と止まっていた息を吐き出した。



「大丈夫!?」



後ろから、誰かの慌てたような声と、走る足音が聞こえてくる。



後ろを振り向きたいのに、身体が石のように固まっていて、動かない。



「怪我とかしてない?」



足音が隣まで近づいて、やっと視線が、そちらに動いた。



同じ学校の制服を着た、ウサギのようなふわふわボブの小柄な女子。


見たことのあるその顔と、柔らかい表情に、少しずつ鼓動の音が引いていく。



「震えてる……。怖かったよね」



手をそっと包まれて、温かい温度が流れてきた。


じわじわと何かが溶けていくように、安心感が戻っていく。



その子は、震えがおさまってきた私に、柔らかく笑顔を向けた後、視線を私の後ろに移した。



「怪我はしてないみたいだよ」


「あぁ。よかった」



不意に、真後ろから低い声が聞こえて、少し驚いて振り向いた。



視界に映ったのは、同じ学校の制服。


思ったより背が高いようで、そのまま視線を上げた。



切れ長の綺麗な瞳と目が合って、少し緊張が走る。



「危なかったな」



表情を動かさないまま、そんな言葉が落とされる。



なんとなく、不思議な雰囲気をまとった人だと思った。



「おーい、ウタナ! ギン!」

「大丈夫かー」



また、パタパタと駆けてくる足音が聞こえて、見てみると、同じ学校の制服を着た、大柄な男子と痩せ型の男子が、手を振りながら走ってくる。



このボブの子と、見かけるたびに一緒にいる人たちだ。



「急に走り出すから何かと思ったら……。危機一髪か」



大柄な男子が、息を整えながら、私の後ろの地面に視線を向けた。



「麻酔針か。こいつどうする?」


「仲間が近くにいるかもしれないし、とりあえずこの子の安全が第一でしょ」



動き始めたばかりの思考では、今のこの状況も、会話の内容も、全く理解できない。



ただ、たぶんこの人達に助けられたのだろうということだけ。
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