消極的に一直線。【完】
「哀咲!」



巡っていた思考が途切れて、自分が歩道の手前に立っていることを認識する。



「哀咲!」



再び呼ばれた名前に振り返ると、下り坂を走って降りてくる、颯見くんがいた。



「なんでこのタイミングで……」



倖子ちゃんの小さな独り言が、耳に届く。



颯見くんが声を掛けてくれて、名前を呼んでくれて、走ってきてくれた。



さっき、朝羽くんから聞いて、知ったはずなのに。


まるで、期待してるみたいに、胸が高揚してる。



見慣れた、制服姿の颯見くん。



「寺泉、少しの間、哀咲貸して」



不意の言葉。

ほら、また。



「……なんで?」



倖子ちゃんが、少しだけ怪訝な表情で呟いた。



「今日せっかく誘って来てくれたのに、一度も話せてないから、」



颯見くんは、くしゃっと、片手を、そのふんわりした黒髪に当てた。



いつもの、癖。



整った顔が半分隠れる。



「哀咲と、話したい」



どくん、と心臓が揺れた。



何も考えずに放っておいたら、浅はかにも期待してしまいそうで、必死に自分を戒める。



颯見くんは、鈴葉ちゃんのことが、好きなんだよ。



「ふーん。で、中雅鈴葉は?」


「鈴葉は、友達と先に帰ったよ」



倖子ちゃんの問いに対する、颯見くんの答えを聞いて、ほらやっぱり、と、さっきまで跳ね上がっていた鼓動におもりがかかった。



ここまで駆けつけてきてくれたのは、鈴葉ちゃんがいなかったからできたことでもあるんだって。



鈴葉ちゃんがいれば、絶対、鈴葉ちゃんと一緒にいたかったはずだから。
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