消極的に一直線。【完】
「哀咲さん、ごめん! はしゃぎすぎて……ごめんね」



手を顔の前で合わせる吉澄さんに、慌てて頭を横に振る。



私の運動神経が良くないせい。

真内くんにも迷惑をかけてしまった。



真内くんに謝らなきゃ。
ううん、ありがとうって言わなきゃ。



真内くんに視線を向けると、西盛くんが買い物カゴに詰め込んだチョコレートの山を、呆れた顔で眺めている。



お礼を言おうと、少し震える脚を進めた。



速くなる鼓動をおさえるために、握りしめた右手をゆっくり胸に当てる。



お礼を、言わなきゃ。



すぅっと息を吸った。



「あのっ……」



声が詰まって、明らかにわかるほど脚が震えだす。



駄目。
続けないと。


お礼を言わないと。



耳にうるさく響く鼓動を必死に聞かないように首を振る。



お礼を言うだけ。倖子ちゃんや鈴葉ちゃんと話すときみたいに。



颯見くんに言葉を発するときみたいに。



――伝わるよ



くしゃっと笑った颯見くんの声が、頭の中で聞こえた。



その瞬間、緊張を拭い去るように爽やかな風が吹く。



止まっていた息をすぅっと吐き出して、胸を押さえる手に力を入れた。



「た、助けて、くれて、あ、ありがと、ございました」



言い切って安堵したと同時に、ちゃんと真内くんの耳に届いたかどうか不安になる。



チョコレートの山を眺めていた真内くんの視線がゆっくり私に向けられた。



少しだけ目を大きくして、一瞬私の背後に目をやってから、もう一度視線が戻ってくる。



背中に、吉澄さんの驚いた息の音を感じた。





「いや、気にしなくていい」



真内くんはそう言って、再び西盛くんのチョコレートに目を向けた。



「重太、それ買うのか?」

「もちろん」

「誰かにあげるのか?」

「いや、自分で食べるよ」

「……だよな」



なんだかお礼が言い足りない気がしたけれど、二人の会話に割り込むのも良くない気がして、立ち尽くす。
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