消極的に一直線。【完】
「あの、さ、」



朝羽くんが、目を見開いたまま、私と“アラシくん”の顔を交互に見て、言った。



「二人は知り合い? てか、哀咲さんって喋るんだ」



朝羽くんの目が、私に留まった。



朝羽くんが、私の口から出る答えを、待っている。


そう思うと、緊張がこみ上げてきて、鼓動が速く鳴りはじめた。



違う、緊張しちゃ駄目。


“アラシくん”に話すときは、どんな風に声を出した?



呼吸の仕方も、声の出し方も、わからない。



考えるほど、鼓動の音が大きくなって、息が浅くなっていく。






「哀咲は、」





“アラシくん”が、優しく笑った。





「ちゃんと喋るよ」







柔らかな春の風が吹く。

胸の中にぽん、と何かが咲く。



「ちなみに、哀咲とは昨日から知り合い」



な?、とふられて、頷くと、朝羽くんはまだ目を見開いたまま「へぇ」と呟いた。



“アラシくん”って、すごい人だ。

私が緊張していたこと、察してくれたのかな。

気遣って代弁してくれたのかな。



「あ、そういえば哀咲、俺の名前言ってなかったよな?」


「……うん」



彼に訊かれて、少し焦った。

本当は、知ってる。

鈴葉ちゃんから何度も聞いた名前。

“アラシくん”。



「ソウミアラシっていうんだ。えっと漢字は……」



そう言って彼は、朝羽くんの筆箱からシャーペンを取り出して、私の机にペン先を当てた。



一文字一文字、彼の名前が、彼の手で、書かれていく。





『颯見 嵐』




机に表れたその文字を、頭に焼き付けたくて、彼が書き終わった後もずっとそれを見つめていた。



そうか、颯見くんっていうんだ。


颯見くん。


なんとなく、彼にぴったりな名前だと思った。
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