aventure

「昔はダサくてカッコ悪くていじめられっ子だったんだ。

だからそんなに姿を知ってるひとに会うのは苦手でね。」

波瑠はまた嘘をついた。

凪の事件のことは誰にも話したくなかった。

「えー、想像できない！」

桜智は何も疑わずにその話を信じた。

波瑠はこんなに馬鹿みたいに素直な桜智が
父の金目当てとは到底思えなくなった。

鴻が部屋に来る時間が近づいていた。

「そろそろ帰ります。」

桜智が帰ろうとすると

「マンションまで送ってくよ。」

と波瑠がさりげなく桜智の手を握った。

波瑠に抱かれた夜を思い出して
桜智はまた緊張してしまう。

そんな桜智の気持ちを察して

「俺が怖い？」

と波瑠が聞くと桜智は首を横に振った。

「先輩、まだ早いし…一人で帰れます。」

「もう暗くなって来たし、心配だから送るよ。」

桜智は鴻と鉢合わせする事だけは避けたいと思っている。

「大丈夫です。」

桜智が断っても波瑠は桜智の手を離さず、

「何かあったらどうするの！？」

と桜智がびっくりするような声で怒った。

波瑠は我に返って

「あぁ…ごめん。」

と謝った。

「先輩、そんなに心配しなくて大丈夫ですよ。」

と桜智は笑顔を作った。

「それでも送らせて欲しい。

桜智と少しだけでも一緒に居たいんだ。」

桜智はもう断れなかった。

「部屋に上がりたいとか言わないから安心して。」

桜智も波瑠も別れが近くなればなるほど
繋いだ手を離したく無くなった。

二人きりになったらきっとまた
お互いの肌を重ねたくなる。

マンションの前まで来て
波瑠は桜智にキスをしようとした。

桜智は鴻を思ってそれを避けた。

「先輩…ダメですよ。」

逃げようとする桜智を波瑠は抱きしめた。

「桜智…俺じゃダメなの？」

桜智は迷っていた。

波瑠のことをすごく好きになってしまいそうで怖かった。

波瑠がもう一度桜智にキスしようとすると
桜智は目を閉じた。

波瑠はその顔をみて胸が苦しくなった。

そして桜智に優しく軽いキスをする。

「おやすみ。

また明日ね。」

そして桜智の頭を撫でて
波瑠は帰っていった。

その時、鴻は桜智のマンションの前で足を止めて
動けないまま茫然と立っていた。

偶然マンションの前で二人が抱き合ってキスするのを見てしまった。

最初は桜智が浮気していたことにショックを受けたが
振り向いたその男の顔を見て鴻は愕然とした。

桜智とキスしていたのは紛れもなく
自分の息子の波瑠だった。