赤ずきんと気弱な狼さん
 館の前にある石造りの広場はまさに通夜のような雰囲気だった。昨日まで王を継ぐはずだった青年が〈失敗した〉のだから無理もない。
「では最後に、なにか言いたいことは」
「…特にありません」
 一族が見つめる中央にアレクシスがいた。成しえなかった弱者を待つのもまた、自決のみだ。
 代表見届け人の問いにアレクシスは静かに応えて、渡されていた浅い杯に目をやる。これならば側近たちも少しは納得してくれるだろう。掟から逃げたのではなく、失敗したのだから。
「…」
 周りより一段高いところから老いた父王の視線を感じる。彼はもう戦えない。自分がいなくなったら順番としては異母弟だろうが、成人までは誰かが代理を務めるだろう。
 もうアレクシスにはなにも心配することはなかった。
 赤ずきん。
 待ちぼうけさせて、すまなかったね。
「さらばだ」
「待って!!」
 アレクシスの声をかき消すように少女の声が響いたのはそのときだった。
「待って、待ちなさい!」
「赤ずきん…?」
「アレクシス、聞いて」
 「だれだ、あの娘は」「早くつまみ出せ」周囲のざわめきが大きくなる。赤ずきんは声を張り上げた。
「みんなもいいから聞いて! 詳しい状況は分からないけど、とにかくこんなところで集まってる場合じゃないの」
 赤ずきんの姿はひどいものだった。寝間着に上着を羽織ったまま、いつもの真っ赤なずきんもなく、金色の髪にはところどころ寝癖がある。どこを通ってきたのか、寝間着の裾は泥で汚れていた。
「赤ずきん、髪に葉が…」
「そんなのいいから! アレクシス、早く来て」
「今、わたしは」
「森のみんなが大変なの!」
 アレクシスの顔がさっと引き締まった。
「なんだって?」
「その…私の知り合いが森で無茶をしてるの。獣狩りだなんて言って」
「デニスか?」
 アレクシスの固い声に赤ずきんは目を丸くする。「デニスを知ってるの?」彼はそれに答えず、父王の顔を仰ぎ見た。
「…」
 父王が無言で頷くのを確認してアレクシスは毒の杯を地面に置くと、赤ずきんに駆け寄る。
「どちらだ」
「えっと…、ここから西南の方向よ。多分森の中心に向かって進んでると思う」
「感謝する」
 アレクシスは短く告げ、西南の方へ消えていった。
「他の人も手伝って!」
 赤ずきんが振り返ると、さすがに他の者も続こうとする。それを老王が一喝した。
「お前たちはここに留まれ」
 ぴたりと狼たちは止まった。赤ずきんは一瞬だけ彼らを睨みつけて、すぐにアレクシスの後を追った。
< 11 / 13 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop