赤ずきんと気弱な狼さん
アレクシスのいる方向を知るのはたやすかった。数発、銃声が響いたあとに人間の悲鳴が聞こえてくる。
息を乱して赤ずきんが現場に駆けつけると、すでに三人の男たちが地面に倒れ、二人が逃げていくところだった。
「狼め…!」
アレクシスの体術は見事なものだった。一見のんびりとも思える動きで男たちの顎下や首の後ろを打っていく。無駄な動きは一切せずに、ものの数十秒で計八人を制圧してしまった。
気弱な彼の意外な一面だった。
「貴様か」
よく知る声に赤ずきんははっとする。デニスだった。
左手の木の影から出てきた彼は、迷うことなく銃の先をアレクシスに向け―――
「やっ」
赤ずきんが制止する前にアレクシスは流れるように体を沈み込ませると、一気にデニスに近づいて彼の首筋に手を当てた。
「なん…っ」
魔法のようにデニスの体から力が抜ける。アレクシスは紳士的にデニスを支えると、そっと地面に横たえる。
そうしながらも、アレクシスの視線はデニスには向けられていなかった。
人間の男たちがごろごろと気絶する傍らに『獲物』たちの姿があった。
「…遅かったか」
アレクシスが苦く呟く。
シカにイノシシにクマ…、確かに時折人間と衝突する大型の動物たちが撃ち殺されていた。
「…」
無言で、アレクシスは冷たくなった動物たちを見つめた。あまりにも彼が静かなことが怖くて、赤ずきんは震える声を出す。
「あ、あの…、その、本当に、虫が良すぎると思うんだけど…」
「分かっている」
返ってきたのは、しっかりと芯の通った力強い声だった。
アレクシスは端正な顔を赤ずきんに向けると小さく笑ってみせる。
「大丈夫だ、赤ずきん。わたしはこの男たちを殺さないよ」
そのとき、どこからか黄色い小鳥が飛んできて「ぴい―――」と高らかに鳴いた。その声が消えないうちに他の鳥の声が合わさる。
鳥だけではなかった。
サルが吠え、キツネが鳴き、タヌキが叫んでいた。森に住むあらゆる動物たちの声が大きなうねりとなって、辺り全体に響いていた。
「な、なに?」
赤ずきんはうろたえたが、アレクシスはまったく違う反応を見せていた。
「みんな…」
彼は両目を潤ませていた。慌てて手の甲で顔をこすると、まじまじと周りを見渡す。
「アレクシス、これ…」
「…まったく、平和な者たちです」
赤ずきんに応えたのは、アレクシスよりもっと深い年配の男の声だった。
姿を現したのは眉間にしわを刻んだ壮年の男性―――に見える狼だった。短く整えられた髪の上で、アレクシスに似た黒い耳がぴくぴくと動いている。
「これが総意ならば、無視もできないでしょうね」
「お前…」
今気付いたようでアレクシスは驚いて男を見る。そして「これはわたしの侍従だ」と赤ずきんに短く伝えた。
「えぇと。侍従さん…?」
戸惑う赤ずきんを横目で見て、侍従は言う。
「彼らは主張しているのだ。アレクシス様が王の器であると」
「えっ」
「復讐や恐怖の連鎖は終わりにすべきだと」
侍従の言葉を裏付けるように、動物たちの叫びはいっそう大きくなる。
「殿下」
侍従はアレクシスを見た。
「新しい王になる覚悟はお持ちですか」
「新しい…」
「恐怖ではなく、信頼や加護といったものによる統治です」
アレクシスが黙ったのは一瞬だった。ほとんど睨むような真剣な目つきで侍従を見返す。
「みんなに認めてもらえるなら、わたしは新しい王になりたい」
その堂々とした姿に、侍従がほんの少し優しい顔をしたように思えたのは赤ずきんの見間違いではないだろう。
息を乱して赤ずきんが現場に駆けつけると、すでに三人の男たちが地面に倒れ、二人が逃げていくところだった。
「狼め…!」
アレクシスの体術は見事なものだった。一見のんびりとも思える動きで男たちの顎下や首の後ろを打っていく。無駄な動きは一切せずに、ものの数十秒で計八人を制圧してしまった。
気弱な彼の意外な一面だった。
「貴様か」
よく知る声に赤ずきんははっとする。デニスだった。
左手の木の影から出てきた彼は、迷うことなく銃の先をアレクシスに向け―――
「やっ」
赤ずきんが制止する前にアレクシスは流れるように体を沈み込ませると、一気にデニスに近づいて彼の首筋に手を当てた。
「なん…っ」
魔法のようにデニスの体から力が抜ける。アレクシスは紳士的にデニスを支えると、そっと地面に横たえる。
そうしながらも、アレクシスの視線はデニスには向けられていなかった。
人間の男たちがごろごろと気絶する傍らに『獲物』たちの姿があった。
「…遅かったか」
アレクシスが苦く呟く。
シカにイノシシにクマ…、確かに時折人間と衝突する大型の動物たちが撃ち殺されていた。
「…」
無言で、アレクシスは冷たくなった動物たちを見つめた。あまりにも彼が静かなことが怖くて、赤ずきんは震える声を出す。
「あ、あの…、その、本当に、虫が良すぎると思うんだけど…」
「分かっている」
返ってきたのは、しっかりと芯の通った力強い声だった。
アレクシスは端正な顔を赤ずきんに向けると小さく笑ってみせる。
「大丈夫だ、赤ずきん。わたしはこの男たちを殺さないよ」
そのとき、どこからか黄色い小鳥が飛んできて「ぴい―――」と高らかに鳴いた。その声が消えないうちに他の鳥の声が合わさる。
鳥だけではなかった。
サルが吠え、キツネが鳴き、タヌキが叫んでいた。森に住むあらゆる動物たちの声が大きなうねりとなって、辺り全体に響いていた。
「な、なに?」
赤ずきんはうろたえたが、アレクシスはまったく違う反応を見せていた。
「みんな…」
彼は両目を潤ませていた。慌てて手の甲で顔をこすると、まじまじと周りを見渡す。
「アレクシス、これ…」
「…まったく、平和な者たちです」
赤ずきんに応えたのは、アレクシスよりもっと深い年配の男の声だった。
姿を現したのは眉間にしわを刻んだ壮年の男性―――に見える狼だった。短く整えられた髪の上で、アレクシスに似た黒い耳がぴくぴくと動いている。
「これが総意ならば、無視もできないでしょうね」
「お前…」
今気付いたようでアレクシスは驚いて男を見る。そして「これはわたしの侍従だ」と赤ずきんに短く伝えた。
「えぇと。侍従さん…?」
戸惑う赤ずきんを横目で見て、侍従は言う。
「彼らは主張しているのだ。アレクシス様が王の器であると」
「えっ」
「復讐や恐怖の連鎖は終わりにすべきだと」
侍従の言葉を裏付けるように、動物たちの叫びはいっそう大きくなる。
「殿下」
侍従はアレクシスを見た。
「新しい王になる覚悟はお持ちですか」
「新しい…」
「恐怖ではなく、信頼や加護といったものによる統治です」
アレクシスが黙ったのは一瞬だった。ほとんど睨むような真剣な目つきで侍従を見返す。
「みんなに認めてもらえるなら、わたしは新しい王になりたい」
その堂々とした姿に、侍従がほんの少し優しい顔をしたように思えたのは赤ずきんの見間違いではないだろう。