図書室の花子さん(仮)
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斉藤くんが突然図書室に現れたあの日と同じように、完全下校時刻の予鈴が校内から聞こえる。その音に耳を傾けながら、私は校門前で彼を待っていた。
野球部の帰りは遅い。大抵、この後の完全下校を告げる本鈴と共に下校している。
……もうすぐだ。
秋の夕暮れが徐々に暗がりに溶け込み、私の心拍数も高まっていくのを感じる。
校門に寄りかかった背中と壁の間を、少し冷たい夜風が吹き抜ける。
その肌寒さに身を縮めた時、野球部の集団が校門へと歩いてきた。
どうしよう、あの中に斉藤くんが居るけど、周りの目もあり、非常に声が掛けづらい。
恥ずかしさと緊張で足がすくみそうになる。
友人に向かって頷いた決意を思い出し、首を振って我にかえる。
校門から出て来た野球部の先頭2、3人が私の存在に気付く。そこに、斉藤くんもいた。
「……斉藤くんっ。」
自分でも思っていた以上の大きな声で呼びとめる。彼が驚いた顔で振り向いた。
「あれって…もしかして "図書室の…。」
斉藤くんの背後で、他の野球部員たちの囁き声が聞こえる。
ああ、恥ずかしい、埋まりたい。
その思いをぐっと堪えながら、今一度彼の方を向くと、
「ごめん、先に帰ってて。」
と、彼は後ろの友人達に声を掛ける。
彼らは何か言いたげな雰囲気ではあったが、特に冷やかす訳でもなく去っていった。
それを見送った斉藤くんが、再び私の方に向き直る。
自身の速い鼓動が、目の前にいる彼に伝わってしまいそうだ。もういっそのこと、この鼓動が彼に伝わればいいのに。
そう思うくらい、彼への気持ちが溢れてくる。
この感情を残すことなく伝えようと、私はゆっくり口を開いた。