コガレル ~恋する遺伝子~
その時向こう側から、葉山さんを押し込んだスーツ男が近づいてきた。
「君は?」
顔を上げた。
そいつは30代に見える。
この時間でもネクタイをキチッとしめて、悔しいかな清潔感もあった。
「家族です」
俺の返答を聞いて、瞬間的に考えを巡らせたみたいだ。
「あぁ、お兄さんがいるって、いつか彼女から聞いたことがあります」
ふーん、兄貴がいるのか。
いつか聞いてるってことは、ナンパでこの人を拾った訳じゃなさそうだ。
「あなたは?」
「上司の杉崎です。妹さんは退職されたので元上司ですが」
「そうですか。お世話になりました」
俺はもう一度かがみ込むと、葉山さんの腰をつかんだ。
座席の端まで身体を引き寄せると、脚を車外に下ろさせた。
「車なので、連れて帰ります」
「良かった。駅に着いたはいいが、自宅を聞いたら『あっち』と答えたきりで」
葉山さんに背を向けて、身体を寄せる。
「ほら、つかまれ」
首に彼女の両腕を誘導すると立ち上がった。
「あ、ちょっと待って、」
上司は座席の中程にあったバッグと花束を取って、俺におぶさる葉山さんの手に握らせた。
この一手間が余計だった。