コガレル ~恋する遺伝子~
私は道を渡った。
迷いはなかった。
さっきの繰り返し。
オートロックの外側から、部屋番号を呼び出す。
まだ、帰らない。
今まで生活するのは必死だったけど、執着する自分なんてなかった。
それはもしかすると母親が亡くなってからかも知れない。
形あるものはいつか壊れることを覚悟したし、去る者は追わなかった。
それなのに…圭さんだけは違う。
欲しくて、欲しくて、たまらなかった。
私の想いが伝わらないことに、気が狂いそう。
押さえつけてた、自分勝手で我儘な感情があふれ出したよう。
その時、プチっと小さく機械音がした。
「成実、いい加減…」
久し振りに聞く圭さんの声。
その声は私じゃない名前を呼んだ。
それに目の前の自動扉が開かない限り、距離は1ミリも縮まない。
「圭さん、弥生です」
しばらくの沈黙の後、
「用はない」拒絶されて通話は切れた。
涙は出なかった。
今度こそ本当に枯れたのかも知れない。
オートロックの内側にはやっぱり人の影。
防犯意識が高くて贅沢なマンションに、コンシェルジュと呼ばれる常駐する人物がいることを、この時は知らなかった。
人の目を避けて、また向かいの歩道に舞い戻った。
辺り一帯の街路樹の葉がパサパサと音を立てた。
雨だと気づいた瞬間に、鼻の頭に水滴が当たった。
…夕飯作らなくちゃ。
ループする考えに、足はリンクしなかった。
頭の中は帰路を思い浮かべてるのに、身体はこの場所を離れられなかった。