コガレル ~恋する遺伝子~


 目の前の圭さんは和食の食事姿も綺麗だった。

「圭さん、夕食は何が食べたいですか?」

「…ぐっ」

 圭さんは突然に食事を喉に詰まらせた。

 湯呑を手渡すと、胸の辺りをトントン叩いてからお茶で流し込んだ。
 「あー、」って唸りながら目尻に浮かんだ涙を指で拭ってる。

「大丈夫ですか?」

「普通さぁ、コホッ、食事中に食べたいもの浮かぶか?」

「浮かびませんか?」

「口の中に塩鮭が入ってんのに、夕食は焼肉が食いたいなぁー、とかって思うと思う?」

 確かに。説明が分かりやすい。
 心の中で頷いてたら「鍋」って、一言。

「鍋?」

 梅雨入りしたとはいえ、今日は梅雨の合間の晴天。
 朝から真夏のように暑い。

「すき焼きで」

 …すき焼き?
 さっき食べたいと思わないって説明されたばかりの焼肉と、さほど変わらない…
 って言うと、怒られそうだから黙ってた。
 すき焼き用の牛肉も、春菊も、焼豆腐もないから、後で買いに行こう。

 和乃さんのようにスマートに家政婦業をこなす日は遠そうだ。

 ちなみに事件も事故も起きてはいない。
 それはまだ後の話。


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