極上スイートオフィス 御曹司の独占愛
伊崎が何か言いながら私の後をついてくる。
やめとけよ、とか言われていたかもしれないけれど、私の頭にはさっぱり入って来なかった。
彼女の後に続いて、エントランスロビーに足を踏み入れる。
見たかったはずのシャンデリアには目もくれず、私は離れた位置から彼女の背中を見ていて。
そこに近づく朝比奈さんの姿を見つけた時は、頭のどこかで予測してついて来たくせに、足が固くなって動かなくなるほど衝撃だった。
だって、朝比奈さんは笑ってたから。
偶然居合わせたわけでもなく、間違いなく彼女と待ち合わせていたのだとわかる表情。
ぐい、と腕を引かれて丸い柱の影に隠れた。
一瞬目の焦点が定まらなくて、瞼に力を入れなければ目の前の伊崎の顔もよくわからなかった。
あまりに衝撃を受けてる私の様子に、彼が戸惑いを浮かべながら尋ねる。
「……お前、本気で好きだったの? 朝比奈さんのこと」
もう、私には取り繕う余裕は残っていなくて、ただ何度も首を左右に振っていた。
「……行こう」
「え……」
「あのふたり、エレベーターに乗った」
伊崎の手に引かれてハイアットを逃げ出した、その後のことはただ泣きじゃくった記憶が残っているだけで、伊崎がどこの店に連れていって私を宥めてくれたのか、はっきり覚えていない。
ただ、それほど遠くない場所で気楽に入れる居酒屋のようなところだったと思う。
「別にさ、ロビーで会ってたからって必ずしもそういう仲とは限らないんじゃね? ほら、俺らみたいにシャンデリア見たいとかそんなヤツだっているわけだしさ」
「ふ……」
一生懸命慰める伊崎に、うっかり笑ってしまった。
あのふたりが、そんな理由で? そんなわけはない。
「似合わないね……」
朝比奈さんにそんな子供染みた理由は似合わない。
翌日、朝比奈さんの顔を真直ぐには見られなくなった私にとどめをさしたのは、倉野さんだった。
私は、朝比奈さんの大阪転勤を彼女の口から聞かされた。
朝比奈さんから聞いたのは、その二週間後。
バレンタインデーが終わり、ホワイトデーの準備が整って少し息が吐けた、その夜だった。
無理だと思った。
この精神状態で何年も遠距離で居るなんて。
倉野さんの後をつけたりしたように、疑って、疑って、挙句彼に迷惑をかける行動をしてしまいそうな気がした。
私には、もう、遠距離恋愛なんて乗り越えられるとは思えなかった。