極上スイートオフィス 御曹司の独占愛
「は、話なら、もう、」
「今度は仕事じゃない話を」
首を傾げる彼の向こうに出入り口があり、横をすり抜けなければ逃げ場所はない。
「仕事以外に話すことなんてないですっ」
「僕があるから誘ってるんだけど?」
私が何を言うかをわかってるかのようなスピードで、ポンポンと言葉を返され、容易く私の方が黙らされる。
頭の回転はもとより彼には追い付かないのに、緊張感と焦燥感で余計に頭なんか働かない。
眩暈がしそう。
そんな私に追い打ちをかけるように、彼の綺麗な唇が動く。
一秒にも満たない間で、勘が働いた。
次に発する音が何かすぐにわかった。
「……真、」
コンコン。
私の名前が最後まで、音になることはなく。
物凄く絶妙なタイミングで、ノックの音が響いた。
そして返事も聞かずに扉は開かれる。
「面談中失礼しまーす。朝比奈さん、俺も午後から外出なんすけど」
全く失礼とも思ってなさげな軽い口調でそう言ったのは、伊崎だった。
扉のノブを握り押し開けたまま出入口に立っている。
朝比奈さんは何事もなかったかのように、屈めていた上半身を起こして言った。
「何時に出る?」
「一時には出たいですね」
「戻る予定は?」
「定時過ぎるかもしんないですよ」
淡々としたやりとりだが、何か伊崎の声音にはトゲがある。
ふ、と、小さなため息の気配がした。
「わかった。じゃあ今からにしよう」
「あざーっす」
と、最初からそのつもりだったんだろう、伊崎がそのまま中へするりと入ってくる。
私は、それではっと我に返り、朝比奈さんに頭を下げた。
「じゃあ、ありがとうございました!」
目は合わせずに朝比奈さんの横をすり抜けた時、シトラスの香りが再び、私の感情を過去へと誘う。