cafe au lait
coffee
ベッドのスプリングが軋む音、シーツが擦れる音、時計の秒針の音、そこに混ざる女の甲高い声。
「早織……」
”早織”と呼ばれた女は自分の声を押し殺しながら必死に男の背中に爪を立て、その快楽に耐えていた。溺れないようにと。
イヤラシイ音は徐々に大きくなり、それにつられるように沙織の声も大きくなると、二人の息が上がる。近づく絶頂に自然と目の淵に涙が溜まるのを感じていた。
「あぁッ」
痙攣を起こしたかのように沙織の身体が大きく跳ねあがり、それと同時に男も下唇を噛み締めながら静かに果てた。
男は適当に処理を済ませ、沙織の隣に横たわると、その華奢な身体を優しく抱きしめる。強く抱きしめれば簡単に折れてしまうのではないか、と錯覚するほど男にとってはとても細く感じられた。
「名前」
「うん?」
「俺の名前、一回も呼んでくれなかった」
鼻先がくっついてしまいそうな至近距離で、仄暗い中お互いの顔をぼんやりと見つめて、沙織は視線を逸らした。
「名前呼ぶ余裕なんて……なかったもん」
文句を言われたことに対し、沙織は少し頬を膨らませて拗ねる。経験豊富な相手と違って、あからさまに余裕のなかった自分が少し恥ずかしくなった。
ふっと笑う声が聞こえて「そうかよ」とだけ返事が聞こえた。距離の近さに下げていた視線を上げてみれば、男は既に瞼を閉じていた。
視線を奥にずらすと嫌でも目に入る、棚の上に並べられたかわいいキャラクターのぬいぐるみ。男女が並んで楽しそうに笑っている写真。そこに写っている男は今沙織目の前にいる一方で、隣にいる女は全くの別人だ。早織それらを視界に捉え、やがて目を閉じた。
”超えてはいけない境界線を超えてしまった”そう思っている一方で、心の片隅でいつかは超えると予感していたのだった。