cafe au lait

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「おはようございまーす」

秋風が冷たく、指先の冷たさを感じて手を擦り合わせながら早織はバイト先の裏口の扉を開けた。
大学4年の秋にもなると、就活も終わり、単位取得もゼミ以外は全て終えているため、暇さえあればバイトに明け暮れる毎日と化していた。

早織のバイト先である”Migliori incontri”はイタリアン料理がメインのレストラン。本場のイタリアで修業していた店長が若くして自らが店を立ち上げたそのレストランの規模は小さいが、週末にもなると人が外で並ぶほどの賑わいだ。

「おはよ」

キッチンから背の高い男がひょっこり顔を出す。今日の仕込みは珍しく店長一人だった。
早織はいきなり現れた店長の顔を見てぎょっとしながら、トレンチコートのポケットの中を漁り、そこから取り出した鍵を手のひらにのせた。

「これ、鍵……」
「ああ。更衣室にある俺のジャケットのポケットに入れといて」
「わかった」

仕込みがあるから、と先に家を出た男と数時間後に顔を合わせるのは正直気まずかった。行為自体が初めてだったわけではないが、もう3年近くここで働いていただけに何か変わってしまうのではないか、と不安もあった。
しかし、男は何一つ態度も変わらずいつも通りだ。

「伊藤さん」
「ん?」
「……ううん。なんでもない。着替えて来るね」
「いってらっしゃい」

そう言って早織に手を振る。

聞きたかったことは喉の奥につっかえて、それ以上言葉にすることを躊躇った。

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