春になったら君に会いたい

「あのさ冬、きっと大変だろうけど……幸せになろうね」
 
神妙な感じで正晴が言った。あえてその二歩手前で俺も立ち止まる。言いたいことはわかった。だが、いつもの仕返しに意地悪をしたい気分だった。
 
「俺に告ってどうすんだよ。一之瀬に言え」
「ばーか、そういう意味じゃないよ」

振り返った顔は言葉に反して笑っていた。幸せといえば、のぞみの言っていたことを思い出す。
  
「そういえば、前にのぞみが言ってた。辛いこともあるけど、幸せなんだって」
「そっか、のぞみちゃんは強いね」
「ああ、ほんとに」

幸せについての話はここでしたものだった。
シンプルに寂しいと思った。のぞみといた幸せな時間が恋しかった。


「幸せになりたい」

望みを声に出す。
 

「うん、幸せになろう」

もう一度、正晴が言う。
顔を上げると、澄んだ空に桜の花が立派に咲いていた。希望であふれた世界が本当にあるのか、俺にはまだ分からない。でも、この美しい景色が、その世界への入口だったらいいと思った。

「そうだな」

花びらが舞って、俺の手の中にちょうど収まる。俺と正晴は顔を見合せて笑った。


また、春が始まった。




*fin.*
< 202 / 203 >

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