春になったら君に会いたい
周りの人達から視線を外して、桜を見上げる。
薄桃がかった白い花びら。
力強い太い幹。
しなやかに伸びる枝。
俺の少ないボキャブラリーをどれだけ集めたって表せないほど、美しい。
恐れか、感動か、はたまた全く違う感情か、よく分からないものが俺の心を満たした。つい、Tシャツの胸元をギュッと握ってしまう。
今、この瞬間ここで見ているからこその美しさが、その桜にはあった。
写真で残そうが、頭にインプットしようが、今味わっているこの不思議な感情は、今以外には得られない。これほどの美しさも感じられない。
俺はもはや、桜から目が離せなくなっていた。
この美しさを逃がすまいと頭が働いているのだ。
ふいに、本当にふいに涙が流れた。
自分でも涙が出てきそうだと気づいていなかった。
悲しいんじゃない。悔しいんでも、辛いんでもない。だからといって嬉しいんでもない。自分でも分からない。
涙は拭わなかった。もし仮に、両親とか正晴とか知り合いがいたら拭ったかもしれない。見られまいとしたかもしれない。
それでも、ひとりの今はそんな必要はない。
嗚咽するでも、しゃくり上げるでもなく、ただただ流れ続ける涙。
それには俺の全てが含まれている気もした。
不安も、恐怖も、弱さも、全て。