HEROに花束を(完)

悠はそっとわたしをフェンスの上に下ろした。



潮風が少しだけしょっぱい。



目を細めれば、いつの間にか涙は乾いていた。


その代わりに、何か大切なものを忘れて去ってしまったような、もどかしい気持ちが広がった。


偉大な海がそれを忘れさせようとしているような、そんな気がした。


大きく息を吸ってみる。


日差しが悠の顔に影を作る。


茶色い髪が風で揺れる。


「穂花は、やっぱり桜の花なんだ。」


わたしは少しだけ首をもたげて、同じようにフェンスの隣に並んだ悠を見上げた。


「俺はそんな桜の花を守らないといけない。」


わたしは悠の綺麗な瞳を見つめる。遠い海を見つめ、日差しに逆らうように細められたその瞳は、いつになく凛々しく見えた。


「だから俺が海になる。怪物が襲ってきたら、俺が大きな荒波になってそいつを沈める。だけど穂花には、優しく打ち寄せるさざ波になる。」


わたしは悠の影になった顔を見つめる。


「もし俺が海になれば、波の手足を使って、穂花を見つけることができるだろ?どんなに真っ暗な世界でも、海はどこまでも続いているから、いつかは穂花の桜の木にたどり着くんじゃねえかな。」
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