HEROに花束を(完)
だけどここでやっと、どこかふらふらしていた冷静な自分がもう片方の狂った自分を引き止めた。
「面会時間…」
わたしは携帯を開ける。
『悠、着いたよ。』
瞬時に既読になったことを不審に思いながらわたしは返信を待つ。
『見つからないように行く。屋上。』
それを見てわたしは悠に会えることがあまりにも嬉しすぎて泣きそうになるのを抑えて、病院へと走り出す。
そして指示通り、建物の裏から行くことができる、少しだけ排水溝の匂いが漂う非常階段を駆け上がった。
おかしいな。今朝あったばかりなのに。好きって伝えたばかりなのに。
ーなのに、会いたい。
壊れてしまうくらい抱きしめたい。
悠の細くなった体を力一杯ぎゅってしたい。
肺が破裂しそうなくらい急いで屋上に上がれば、ひんやりとした夜風がコートをはためかす。
空を見上げれば落ちてきそうなくらい大きな白い満月。
月光が、あたりをまるでおとぎ話の世界みたいに、不自然に明るく浮かび上がらせる。
屋上のフェンスから身を乗り出せば、綺麗なパンキーキ色の夜景がどこまでも続いている。
だけどどこかの住宅街は明かりを灯さず、穏やかな眠りについている。
雲に見え隠れする星空は、手に届きそうで届かない。
ーギイ…
ドアを開ける音がして、わたしは泣きたくなる気持ちを抑えて振り向く。
「悠っ…っ」
「穂花…」
「悠っ!」
気づけばわたしは悠に飛びついていた。
点滴をぶら下げて、筋肉の減量した、だけど、それでも頼もしい悠の温かい胸に顔を埋めていた。
月光がわたし達にスポットライトを当てる。
今夜だけでいいから、物語の主人公になりたい。
悠と二人きりの物語の主人公になりたい。
きっとあの絵の続きでは、
悠とわたしは笑ってる。