HEROに花束を(完)
大きな桜の木の下で
悠は自転車を草地に投げ出すと、ゆっくりと露草の間をかき分けていった。
わたしも何も言わずに彼の後を続く。
悠がかき分けて歩いてくれているおかげで、わたしが露草に濡れることはない。
悠の姿が藪の後ろに見えなくなったと思ったら、ふわっと馴染み深い、甘い香りが漂ってきた。
ードキン
見なくてもわかる、この香り。
「ここ、穂花に見せたかった。」
ひら、ひら、と淡い桃色の花たちが舞い降りてくる。
悠はその桜色のカーテンに溶け込むように、佇んでいる。
その後ろ姿が、あまりにもあの人に似ていて、ほろっとまた涙が零れ落ちた。
たくましい幹を持ち、桃色のドレスをまとった美しい木が、悠を包み込むように立っていた。
「桜の木。穂花の好きなもの。」
そう言って振り返った悠は、驚いたように目を見開く。
「穂花…?」
その声が不安げにわたしの名を呼ぶ。
そしてゆっくりと歩み寄ってくると、まるで割れ物を扱うように、そっと、わたしの涙を拭った。
「ごめん。」
悠の掠れた声にぶんぶんと首を振る。
それでも涙は止まり方を知らない。