太郎と与ひょうと引き寄せの法則
緑色の神社の屋根に、春の雨が落ちていた。平日の午後三時、境内には人影がなかった。空気が澄んでいて、気持ちがいい。だけど、少し肌寒かった。
ひとつため息をついてから、桃は傘をたたんで階段の上り口に立てかけた。機械的にさい銭箱に五円玉を入れ、頭を二回下げ、手をたたいた。しばしの静寂。
「何かに、悩んでいるんですか?」と、急に耳元で声がした。
 このタイミングで誰かに声をかけられるとは思っていなかったので、桃はびっくりして、両手を胸の前で合わせたまま、その人の顔をまじまじと見てしまった。
 ものすごく普通の人だった。男性だ。若いというほど若くもなく、少なくとも桃より三つ四つ上に見えるので、三十七、八といったところか。背は高からず低からず、身体は細からず太からず、顔の造作も濃からず薄からず。強いて言えば白い和服に袴を穿いているということ以外これといった印象もないのに、桃にはその人が特別に思えた。否、この(、、)出会い(、、、)が(、)特別(、、)に思えた。だから思わず口をついて出た言葉に、桃は自分でもびっくりしてしまった。
「あなたが運命の人なんですか?」
 ふだんなら絶対に言わないセリフを、桃は吐いていた。普段どころか、天変地異が起きようともいわないセリフだ。たとえドラマだったとしても、こんなセリフが出てきたら「けっ!」っと言って、チャンネルを回すところだ。
 桃は、耳まで真っ赤になったことを自覚する、という経験を初めてした。だから焦って言い訳をする。目の前の男性は、もちろんきょとん(、、、、)としている。
「ごめんなさい。あの、神社で神主さんに声をかけられたというのもあるし、あと、先入観があったので、余計な感想を持ってしまいました。すいません」
 言い訳として成立しているかどうか不安を抱えたまま、桃は上目遣いで男を見る。浅黄袴の男は、「神主ではなく、ただの神職です」と、細かい注釈を入れた。
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