太郎と与ひょうと引き寄せの法則
 桃は一瞬問われた意味が分からず、きょとんとしてしまった。それから、数分前の自分のびっくり発言を思い出し、猛烈に恥ずかしくなってきてしまった。とりあえず、思い込みの根拠をまくしたてる。
「私の母は、占い師なんです。それで、結婚できてない私を心配して、色々占いの結果を押し付けてきて。今回は、西の神社に参拝すれば、運命の人に会えるから、とりあえず、行ってきなさいって」
 説明していたら、よけい恥ずかしくなってきてしまった。普通の感性の持ち主なら、こんな話を聞かされたら、絶対奇異に思う。
 案の定男は、顎を引いて、「へ~」と、感情のこもらない相槌を打った。
 桃の心に、軽い傷がつく。たった数分話しただけなのに、何の根拠もなく桃は、この人ならどんな事情も受け入れてくれるんではないかと期待をしてしまっていた。
「引きますよね。自分でもそう思います。でも、今日でやめます。実はこんな事、もう5年近くやってるんです。最近無性に空しくて、さっきも手を合わせてたけど、なんの願いも浮かんでこなくて……」
 ものすごく、暗い気持ちが押し寄せてくる。ひとりだったら、絶対泣いているなと、桃は思った。そんな気配を察したのか、男は少し考え込むように黙った。それから、「ちょっと待っていて」と言って、雨の中、傘もささずに社務所の方に走って戻っていった。
 桃は待った。待ったというより、動けなかった。このまま何も告げずに帰った方がいいと理性は言っているのに、からだが言うことを聞かなかった。
 やっぱり、来なければよかった。現実的なアドバイスでなく、他人行儀な占いに娘の悩みを丸投げした母にも、そんな母に言いたいことも言えないくせに、自力で問題を解決できない自分にももやもやしたまま旅に出て、しかも土砂降りの神社で、願いが届くわけがないと投げやりになっていたのだ。
 しばらくして、男が戻ってきた。手には布製の、真っ赤なお守りを持っている。
「はい。今日唯一の参拝者に、特別にプレゼントです」
 そしてそれを、大切そうに桃に差し出した。
 和装の男に、プレゼントという言葉がミスマッチだった。男は優しい顔をしていた。「この人は、優しい人だ」と、頭のどこかで声がした。
 まあ、良かったのかもしれない。恋愛冷え性の桃が、この短時間で、久々に恋をして失恋したような気分になれたのだから。
 お守りらしい縦長の六角形をした真っ赤なそれには、味のある字体で、『心願成就』と記されていた。全体的に、不自然に膨らんでいる。頭のひもの部分を緩めて、中に何か詰め込んであるようだ。
「ねえ、賭けてみませんか?」
「え?」
 気の抜けた返事をした桃の目を覗き込んで、男は言った。
「さっきの僕の持論です。甲も乙も、禁忌を破ったあと、ネガティブな気持ちになったから、ネガティブな現実が訪れた。だとしたら、たとえ禁忌を破っても、ネガティブな気分にさえならなければ、ネガティブな現実は訪れないのか」
「……」
 渡されるままお守りを受け取っとた桃の手を、そっと上から閉じさせて、
「そのお守りは、絶対開けてはいけませんよ。何があっても、絶対に」
 閉じた手のひらの上からまじないをかけるように、男はていねいにそう言った。それから顔をあげて、笑う。
「それじゃあ、気を付けて。本日は、お足元の悪い中、ようこそお越しくださいまして、ありがとうございました」
 そして、マニュアルみたいなセリフを吐くと、ぺこりと頭を下げた。なんでか、他人行儀な感じはしなかった。

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