太郎と与ひょうと引き寄せの法則
 桃は、後ろ髪をひかれるような思いで、神社を後にした。なるべく遠いところがいいと母に言われ、一泊二日で来たこの場所に、訪れることはもうないかもしれない。
 帰りの新幹線の中、座席の前の棚に置かれたお守りを、穴のあくほど見つめたまま、男の言葉を思い出していた。思い込みが大事だということ。浦島太郎と鶴の恩返し。善行のご褒美。禁忌を破って、ご褒美が台無しになったこと。子供のような無邪気な気持ちでいればよかったのにということ。
 あとひと駅で、東京につく。桃は目を閉じて、ゆっくりと息を吐いた。
 それから目の前の、赤いお守りの口を緩め、そっと中をのぞく。案の定、祝詞の書かれた厚紙の他に、折りたたんだ白い紙が詰め込まれていた。取り出して、中を開く。
 紙には下手くそな文字で、次のように書かれていた。
『おめでとう。
 君を、勇気のある女性と認定します。
 そんな君は、信じていさえいれば、きっと幸せになれるはずです。忘れてはいけないよ。少し難しいかもしれないけど、子供のような無邪気さで、一点の曇りもなく信じるんだよ。
 とりあえず今日帰ったら、お母さんにこう言いましょう。
「お母さん、大好きよ。いつも心配してくれて、私のことを気にかけてくれてありがとうね」
    36歳独身、浦島太郎(090―×××―××××)
   PS。僕は子供のような無邪気さで、君からの連絡を待っています』
 笑ってしまった。どんな恐ろし気な説教が書かれているのかと身構えていたので、拍子抜けして笑ってしまった。
 通路を歩いていた小学生がぎょっとして、前を行く親の背中をつかむ。きっと度肝を抜かれただろう。大粒の涙をこぼしながら笑う三十女と目があってしまったのだから。
                                  了
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