絵描きと少女
朝
ぐつぐつと鍋で煮こまれたポタージュから、いい香りが漂ってきた。
一口すくって味をみる。ジャガイモの柔らかさと少しの塩味がきいていい感じだ。
さっき温めておいたパンを食べやすく切って木皿にのせ、出来上がったポタージュも深皿に入れて隣に置く。
それを二人分用意する。片方は少し多めに盛った。
「よし。」
手早く焚き火を消し、朝食を馬車まで持っていく。
箱型馬車の後方にある両扉をあけると、油と紙の匂いが鼻をかすめた。最初は苦手だったこの匂いは今じゃすごく安心できるくらい好きだったりする。
朝食を近くの台に置き閉めきっていた木窓をすべて開けると、昇ってきた太陽の光が馬車の中を隅々に照らした。
奥の隅には使われていないイーゼルやキャンパス、大量の画材を収納するキャビネットが置かれていて、隣に大きな作業台もある。
その作業台にむかい、座ってうつぶせになっている男が一人。
案の定の体勢で寝ていることにため息がでた。
(だめだって言ってるのに。)
近寄って顔を覗き込む。
長くにぶめの金髪の下にある顔は整っていて寝顔でもほれぼれとしてしまうが、綺麗な分目の下の濃い隈が目立ち痛々しい。
(また、徹夜だったんだ。)
そっと目の下に指をすべらせる。
と、目蓋がふるえゆっくりと開く。深緑の瞳が眠たげにこっちを見て、優しく光った。
「・・・朝か?」
「うん、おはようニア。」
「おう、・・・はよう。」
がちがちになった体をのばしつつ起きたニアは、自分の周りを見回した。
「このまま寝てたのか。」
「だめだって言ってるのに。」
「・・・力尽きた。」
「それでもちゃんとベッドで寝ないと。そんなとこで寝たら疲れがとれないよ。」
そんな距離もないでしょと、少し離れた寝台に目を向ける。ベッドというには簡素すぎるが、そこまでひどいものじゃないし寝る分には問題ない。
「俺のことは気にしなくていいからお前が使え。そんなやわな体作りしてない。」
「だめ、ニアが寝ないと。」
「・・・お前だって御者台に寝てたら疲れるだろう。」
「今仕事ないから平気。」
「・・・・。」
不満そうな視線を向けられるが素知らぬふりをする。
(自分よりも、人の心配ばっかり)
強情で優しすぎるからいつも甘えてしまうのだ。
だけど、これはゆずれない。
「ちゃんと寝ないと、ご飯・・・・あげない。」
「きついなそれ。」
「寝る?」
「努力する。」
「・・・・。」
「・・・わかったわかった、寝るから。」
降参だと両手を上げるニアを見てならよしと笑えば、敵わないなお前にはと、彼も困ったように笑った。
「朝食できてるけど食べられそう?」
「あぁ、仕上がってるから。」
あれと、指された所に壁に立てかけられた大きなキャンパスが数枚あった。
すべて見知った風景画だ。
(今までまわってきた街の景色だ。)
絵を見ればその街で会った人たちや出来事を、鮮明に思い出して頬が緩む。
(みんなあたたかかった。)
もちろん楽しいことばかりじゃない、つらい事もたくさんあったけどそれを上塗りするくらい幸せな時間を過ごしてきた。
あの月明かりのない雨の中で、この人にひろわれた時から。
ふりかえって彼を見る。
「すごくいい。全部好き。」
「おまえがそう言うなら大丈夫だな。」
言って頭にのせられた骨ばった大きな手。昔とかわらずきれいな手だ。
(安心する)
飯にしようと手をやわく握って引いてくれる。
そんなところも変わらずだ。
「ニア。」
「ん?」
「なんでもない。」
「なんだそれ。」
その声も表情も全部。
(あたたかくて優しくて)
(愛しい)
一口すくって味をみる。ジャガイモの柔らかさと少しの塩味がきいていい感じだ。
さっき温めておいたパンを食べやすく切って木皿にのせ、出来上がったポタージュも深皿に入れて隣に置く。
それを二人分用意する。片方は少し多めに盛った。
「よし。」
手早く焚き火を消し、朝食を馬車まで持っていく。
箱型馬車の後方にある両扉をあけると、油と紙の匂いが鼻をかすめた。最初は苦手だったこの匂いは今じゃすごく安心できるくらい好きだったりする。
朝食を近くの台に置き閉めきっていた木窓をすべて開けると、昇ってきた太陽の光が馬車の中を隅々に照らした。
奥の隅には使われていないイーゼルやキャンパス、大量の画材を収納するキャビネットが置かれていて、隣に大きな作業台もある。
その作業台にむかい、座ってうつぶせになっている男が一人。
案の定の体勢で寝ていることにため息がでた。
(だめだって言ってるのに。)
近寄って顔を覗き込む。
長くにぶめの金髪の下にある顔は整っていて寝顔でもほれぼれとしてしまうが、綺麗な分目の下の濃い隈が目立ち痛々しい。
(また、徹夜だったんだ。)
そっと目の下に指をすべらせる。
と、目蓋がふるえゆっくりと開く。深緑の瞳が眠たげにこっちを見て、優しく光った。
「・・・朝か?」
「うん、おはようニア。」
「おう、・・・はよう。」
がちがちになった体をのばしつつ起きたニアは、自分の周りを見回した。
「このまま寝てたのか。」
「だめだって言ってるのに。」
「・・・力尽きた。」
「それでもちゃんとベッドで寝ないと。そんなとこで寝たら疲れがとれないよ。」
そんな距離もないでしょと、少し離れた寝台に目を向ける。ベッドというには簡素すぎるが、そこまでひどいものじゃないし寝る分には問題ない。
「俺のことは気にしなくていいからお前が使え。そんなやわな体作りしてない。」
「だめ、ニアが寝ないと。」
「・・・お前だって御者台に寝てたら疲れるだろう。」
「今仕事ないから平気。」
「・・・・。」
不満そうな視線を向けられるが素知らぬふりをする。
(自分よりも、人の心配ばっかり)
強情で優しすぎるからいつも甘えてしまうのだ。
だけど、これはゆずれない。
「ちゃんと寝ないと、ご飯・・・・あげない。」
「きついなそれ。」
「寝る?」
「努力する。」
「・・・・。」
「・・・わかったわかった、寝るから。」
降参だと両手を上げるニアを見てならよしと笑えば、敵わないなお前にはと、彼も困ったように笑った。
「朝食できてるけど食べられそう?」
「あぁ、仕上がってるから。」
あれと、指された所に壁に立てかけられた大きなキャンパスが数枚あった。
すべて見知った風景画だ。
(今までまわってきた街の景色だ。)
絵を見ればその街で会った人たちや出来事を、鮮明に思い出して頬が緩む。
(みんなあたたかかった。)
もちろん楽しいことばかりじゃない、つらい事もたくさんあったけどそれを上塗りするくらい幸せな時間を過ごしてきた。
あの月明かりのない雨の中で、この人にひろわれた時から。
ふりかえって彼を見る。
「すごくいい。全部好き。」
「おまえがそう言うなら大丈夫だな。」
言って頭にのせられた骨ばった大きな手。昔とかわらずきれいな手だ。
(安心する)
飯にしようと手をやわく握って引いてくれる。
そんなところも変わらずだ。
「ニア。」
「ん?」
「なんでもない。」
「なんだそれ。」
その声も表情も全部。
(あたたかくて優しくて)
(愛しい)