【短編】夕暮れモーメント
「だけど、…それは少し違うと思います。
世間にある、…私たち、若者、が行くか、行かないかを選べるような催し物とかはそれに参加しよう、と思った人たちだけのために最初から準備してるじゃないですか。
…だけど、今回のは別です。
私たちの先輩たちが、ここのホームにいるみんなのために、考えてくれているんです。演奏してくれてる方も、たぶん、みんなに聴いてもらえることを想定して演奏してくださってるはずです。
だから、それを前提にして頑張ってくれている人たちを前に
『聴かない』、
というのはちょっと、失礼なんじゃないかと…」
言い終わってから気づいたのは、失礼、とバッサリ言いきってしまったことへの後悔と申し訳の無さ。
ドアの取っ手に手をかけたまま床を見つめていると、中途半端に開いたドアの隙間から拍手が聴こえてくる。
「きみは演者さん側になったことがあるのか」
「ないです」
開けたドアの隙間から流れ込み続ける冷気が骨にまで凍みてきた。
ドアをとりあえず閉めてもいいだろうか。
いやいや、閉めると部屋から出づらくなるから開け放しにしておこう…
「そうか、意外だな。なったことがないのか。これだけ気持ち入れて喋るから経験者だと思ったのだが。…違うのかい?」
「…ごめんなさい。嘘つきました」
勝三さんは少し驚いた顔をする。
思えばさっきよりも表情が柔らかくなっているような。
しかし驚いたのは私の方だ。