【短編】夕暮れモーメント
「どうしてわかったんですか?私が演者だった、って」
「だった、のか。そうか過去形なんだな」
勝三さんは口元を緩めて笑った。
「年の功だ。…閉めてくれ」
「あ、ドアですか?すみません、寒かったですよね」
サックスのクリスマスソングは聴こえなくなった。
「先ほどはきつい言い方してすみませんでした。
勝三さんの言う通りです。演者側だった時、聴いてもらえないことも多々ありまして。だから、ちょっと感情的になってしまったかもしれないです」
「もうそれはやめてしまったのか」
「…はい。もうだいぶ前にやめちゃいました。…けっこう頑張ってたんですけど」
「もう悔いはないのか」
「もう大丈夫です。今の仕事、けっこう合ってるんで」
「そうか?本当に」
「え?それどういうことですか?私、この仕事向いてないってことですか?」
「違う。本当にもう大丈夫なのか、ってことだ」
一瞬、立っている足もとがぐらつくような感覚がした。
「わしはまだまだ大丈夫だなんて思えないぞ」