【短編】夕暮れモーメント
「こんにちは」
サックスをもつその男の人は髭をたくわえた顔をゆがませ、笑顔で挨拶してきた。
「こ、こんにちは…今日は、来てくれてありがとう、ございます」
私はとっさに平凡な挨拶を返す。
こういう時にもう少し気の効いた挨拶ができたらいいのに。
「今日の演奏、楽しみにしてます」
後に続けた言葉も、さらに平凡である。
「ありがとう」
にっこり笑いかけて、男の人は部屋を出ていった。
腕時計を見る。
もうそろそろ開演時間だ。
さまざまな雑念はあったが、とりあえず何も考えないようにして、机に置いてあった服屋のショップバッグの中身をひっくり返す。
サンタの帽子、上着、そして、ズボン。
(ここまでやらなきゃだめかなぁ…)
苦笑いしながら、すべてを身につけた自分を鏡に写してみる。
まあ、でも悪くない。
せっかくのクリスマスイブ、楽しんで働かなきゃ!!
意を決して、スタッフルームから出る。
会場は、お昼ご飯を食べていたさっきまでの雰囲気とはうって変わって浮き足立ったものになっていた。