【短編】夕暮れモーメント
事態は、演奏が始まってすぐのこと、
私たち3人が舞台そでにはけて、パイプ椅子に座って演奏を聞き入っているときに起こった。
じゃあ、いったい何が起きたんだ、って話だけれど。
一人のおじいちゃんが、サックスの演奏が始まったとき、おもむろに会場から出ていってしまったのだ。
車椅子のその人は、すごく移動しづらそうにしながらも、
それでもかたくなに、振り向こうともしないで、なかば強引に立ち去って行った。
その物音に気づいてそっちを振り返る何人かの人たち。
どの人も、しばらくはそっちを目で追っていたけれど、またすぐに舞台の方へ目を移しサックスの音色に聞き入っていた。
別に大した事じゃない、ってみんなは言うかもしれないけれど。
どうしてもその背中から目を離すことができない、私。
「高島さん、あの方、どうしたんですか」
「そうねえ」
曖昧な返事を返す、高島さん。
高島さんの意識もすっかりサックスの音色の方に行ってしまっているみたいだ。