海賊と少女
Voyage1
『人殺し』

よく聞きなれた声に顔をあげる。
それで気づいた。
周りに飛び散る赤いもの、自分の手もそれ一色で染まっていて
目の前にころがっている"これ"はー

「人殺し」

「ーーー。」
閉じていた瞼をゆっくりと開ける。
少し目がまわっているような感覚があったが、次第に焦点が合い周りがはっきりと見えるようになった。
なったが、
「⋯どこ?ここ」

この部屋に唯一ある小窓から外を伺う。
自分の住んでいたところでは見たこたがない澄んだ海と、大きな空だけがどこまでも広がっている。
今、太陽は真上にあるのか見あたらないが海面を照らす光で"ある"ということはわかった。
(まったくおかしな場所にきたわけじゃない⋯のかな)
外から視線をはずし今度は自分がいる部屋を見渡す。
机、椅子、クローゼットあたしが寝ていたベッド以外何もないすごく殺風景な木板の部屋。
こっちも別におかしなところはない。
ほっと息をつくが、今度はたくさんの疑問が頭をの中をよぎる。
ここはどこ?なんでここにいるんだろう?そもそもどうやってここに ⋯
(⋯⋯おちついて⋯まずは)
もう一度窓の外を見る。
海と空以外を見ようにもガラスがはめ込まれていて開けることはできないし、窓が小さいため角度を変えて見てもあまり景色に変わりがない。
あきらめて体を元に戻した時、ふと自分の体に違和感を感じた。
(揺れてる?⋯あれ?)
ベッドから降りて立ってみると自分の体だけが揺れているわけじゃない、
この部屋全体が揺れているようだ。
(もしかしてここ、船の中かな?)
以上に近い海と、揺れている部屋、船だからと思えばそうかもしれない。
船と考えて次、なんでここにいるのか。
目を閉じて記憶をたぐりよせるが頭の中が霧がかかったようにまったく思い出すことができない、でも自分の歳、名前、住んでいた場所は覚えている。
(他は⋯ダメだな)
うーんとうなりながら天井を見上げれば、
海面が光に反射して窓から入りキラキラと波模様を映し出していた。
(きれいだな)
きれい、本当に
(?どっかで同じようなこと)

自分を見る澄んだ海色の瞳

引き寄せる力強い腕、密着した体から伝わる心地よい鼓動
それからーー

ドアが開く音で思考が現実にもどされる。
そちらに目を向ければ、50代くらいの男の人が片手に布をかけたお盆を持って立っていた。
灰のかかった白い髪と、焦げ茶色の瞳、顔にある少しの皺。
("あの人"じゃない)
そんな事を考えながら見ているとその人はあたしを見るなり、鋭く細い瞳を開いた。
「なんだ、起きてたのか」
「?」
「声かけてくれりゃよかったのに」
持っていたお盆を机の上に置いて、立っているあたしのそばまで歩いてくる。
「まぁまず座れ」
「あ、はい」
素直にベッドに座ると男の人はあたしの目線までかがんで、手をのばし額に触れた。目が合うと、何かを探るように見返される。
「焦点はあうみたいだな。気分は悪くないか?」
「はい、大丈夫です」
「頭痛、吐き気もねぇか?」
「平気です。」
「熱もないな。⋯飯は食えるか?」
「えっと、」
食べられると言うよりも先にお腹が盛大に部屋に鳴り響いた。少しの沈黙の後、堪えきれなかったのだろう勢いよく吹き出され大声で笑われた。人間だもの仕方ないと思っても、だんだん顔が赤くなるのがわかって更に気まずくなる。
「ご、ごめんなさい」
「いやいや、体が元気なことはいいことだ」
机に置いたお盆をとりほれっと差し出される。
「今食材がきれてるんでな、これで我慢してくれ」
丸く固いパンが2つ、その隣には野菜が少し入った黄色いスープがそえてあり水の入ったグラスもおかれていた。
「だいぶ固いからな、そっちにひたして食べてくれ」
「はい」
さっきまで気づかなかったが、いざ食事を目の前にすると空腹感がおそってきた。
丸いパンを手にとる。言われた通り固くてちぎるのに一苦労だったが、なんとかちぎりスープにひたして食べる。パンの甘さとスープの塩味が混ざってすごく美味しい。
「悪いな、固いだろう」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。」
頭を下げてお礼を言うと、律儀だなとまた笑われた。
「ゆっくり食べてろ。俺は仕事があるから一旦"上"に戻るが⋯」
「あっ、」
立ち上がりドアまで歩いていく背中を呼び止めようと口を開いたが、そういえばこの人の名前を聞いてなかった事に気付いた。
(ご飯もらってよくしてもらってるのに、あたし聞くどころか自分の名前も言ってない)
すごく失礼なことしてる、そう思っているのに今さら聞いてもいいのかと考えるとなかなか次の言葉が見つからない。
黙り込んでしまったあたしを見て男の人は首を傾げた。でも、何か察したように苦笑いをもらした。
「いろいろと言いたい事も聞きたい事もあると思うが後でな。"俺たち"もあんたに聞きたいことがあるんだ。手があいたら呼びに来るからそれまで待ってな。」
「⋯わかりました。」
「じゃあな。」
そう言って扉の向こうに消えた。
足音が遠ざかっていくのを聞きながら彼の姿を思い出す。
(あたしとちがう)
人間は人間だが、相手の外見は同じ国の人じゃないのはあきらかだった。
なのに、
(言葉は通じた⋯うーん、ここ本当どこなんだろう)
考えに考えたが頭がパンクしそうだったからひとまずやめて、また鳴りだしたお腹に残りのご飯をつめこむ。
(後でって言ってたしな)
その時考えればいい、そう思いながら黙々と食べ続けた。
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