千の春
次の日、そわそわした様子で千春が話しかけてきた。
「弾きに来ないか?」
シンプルにそれだけ言われた。
わけもわからず岬は顔をしかめる。
「なんで」
「なんでって、その、俺、あんたのピアノ聴きたいし・・・」
「・・・」
「・・・その、俺も弾くからさ、お互いにこう、意見とか言い合えたら、いいなって」
段々千春がしどろもどろになっていく様子は、正直に言って見ていて爽快だった。
ここで岬が断れば千春は傷つくのだろう。
ちょっとザマーミロといった感じだ。
そんな性格の悪いことを考えながらも、千春の提案に惹かれていたのも事実だ。
今日の分の課題を考え、神童と謳われた千春の生演奏を考える。
天秤にかけるまでもなく、心は決まっていた。
岬も、彼の演奏を間近で聴きたかったし、彼の指運びを見たかった。
「何台あるの?」
「は?」
「千春の家、ピアノ何台あるの?あと、メーカーは?」
岬の言葉に、千春は間抜けヅラを晒した。
少しばかり気が良くなる。
神童とも言われている少年が、岬に振り回されている。
その事実が、岬の自尊心を満たした。