千の春
「ラ・カンパネラ」
「へ?」
「次は私がリクエストする番でしょ?」
岬の言葉に千春は「えー」と声を漏らす。
けれど数秒の間の後、ゆっくりと弾き始める。
歌うように、弾むように、音が流れていく。
綺麗だ、と思った。
ライバルとしての悔しさはあったけれど、それはそれとして千春の演奏は本当に良かった。
なんでここまですっと心に入ってくる音が出せるのだろう。
千春の演奏を聴きながら、岬はずっと考えていた。
ラ・カンパネラ。
鐘の音色。
「じゃあ次、愛の夢」
弾き終わると、千春がまたもそうねだってきた。
なんでかここまでリストの曲ばかりだ。
岬としてはリストは好きだったので嬉しい限りだが。
それからも、お互いがお互いにリクエストを出し合い、弾くという流れになった。
「次、ハンガリー狂詩曲12番」
「うーんと、献呈」
「ため息」
「・・・マゼッパ」
「エステ荘の噴水」
なかなかの難易度の曲も要求してきたので、ミスタッチも多かった。
それはもちろん、岬だけでなく千春にも言えることだが。
けれど、千春の場合、ミスタッチがあったことも気にならないくらい表現力に秀でていた。
それが悔しいやら、けれど演奏の素晴らしさは火を見るより明らかで。