千の春
「22時以降までピアノを弾いていたことは謝る、ごめん」
「今日の演奏、なんか怖かった」
「あ、そう」
「この前のコンクールで特別賞だったの、まだ気にしてるんだ」
「うるさい」
「岬にはリストのハンガリー狂詩曲 第12番がいいだろうって」
「うるさいったら!」
思わす、岬は声を荒げていた。
だがすぐに切り替え、ふんと鼻息をつく。
日向の電波っぷりにも、無神経なところにも一年の付き合いでもう慣れた。
いちいち目くじら立てることでもない。
岬にだって年上としての矜持がある。
「勝手に私のこと話さないでよ。っていうかねぇ、話せるんだったら追い払ってよ」
「別に憑いてるわけじゃない。たまに岬のそばに寄ってくるだけだよ、彼は」
「それを憑いてるっていうの。気味悪いからどっかにやってよ、その彼」
岬の言葉に、日向はあからさまに傷ついた顔をした。
なんで私が悪者みたいな顔するのさ。
岬は負けじと睨みつける。
普通、何かに取り憑かれるなんて嫌だろう。誰だって。
生きてる人に死者がなんの用なのだ。