千の春
「彼の演奏は本当に素晴らしかった。若さがあふれていて、適切な表現かはわからないが、嵐のようだった。」
千春の死を悼む番組で、ある音楽評論家はそう言っていた。
岬はぼーっとテレビを見ながらその言葉に頷いていた。
確かに、嵐のような演奏をするのだ。
ごちゃごちゃという意味ではなくて。
「エネルギーだ。彼の演奏には嵐を巻き起こすかというほどのエネルギーがあった。荒っぽささえも、彼の演奏の魅力だったんだよ」
評論家の前には、千春が出したCDが置かれていた。
千春が得意とした恋や愛を題材にした曲が収録されているCD。
発売当初に売り切れるほどの人気ぶりで、当時の千春は照れくさそうに笑っていた。
岬は面白くなくて、意地でもCDは聞かなかったが。
そんな岬に、寂しそうな顔をする千春が小気味よかったのも確かだ。
「恋とか愛とか、まだ17歳なのに、よく弾けるよね」
CDが発売された当初、嫌味のつもりで岬は千春にそう投げかけた。
千春は全く嫌味だとは気づいてなかったが。
「そりゃあ、恋してるからさ」
「ピアノに?」
「いや、ちゃんと人間にだ」
そう言いながら譜読みをする千春に、岬は「よくやるなぁ」と思った。
ピアノ一色の生活の癖に、恋までしていたとは。
恋をしている間はピアノはあまりうまく弾けない、とフジコヘミングが言っていたような気がしたが、確信はなかった。
「岬はそういう情緒的なの、苦手そうだよな」
「うるさいな」
投げた消しゴムは千春には当たらず、木の床を不恰好にバウンドした。
ニヤニヤとした顔の千春が小憎らしかった。