千の春
「この前、学生コンサート、よかったよ。俺は好き」
「ありがとう」
「岬ちゃんってリスト好きだよね」
「まぁ、そうですね」
しゅわしゅわとした喉越しに、爽やかなライムの匂い。
次は何を頼もうかな、と岬はメニューに目を落としていた。
「鬼気迫るものがあった」
「はい?」
「演奏。岬ちゃんの」
思わず、顔を上げた。
すっかり温くなった不味そうなビールを飲みながら、丸井くんは笑った。
「寄り道とかしなさそうな子だなって思った」
「どういう意味、それ」
「なんか、目標に向かって一直線って子ってこと。恋に悩んだり、友情に悩んだり、そーゆー寄り道はしなさそうって意味」
「はぁ」
「一応、褒めてる、これ」
恋をしなさそう、褒め言葉なのか。
岬は微妙な気持ちでテーブルの上に残っていた刺身を摘んだ。
揚げ茄子が無性に食べたくなった。
目がしょぼしょぼする。
これは少しだけ酔ったのかもしれない。
岬はあまりお酒に強い方ではない。