千の春





「たぶん、そうだろうね」

「きっとそうだよ」


岬としては次はモーツァルトのすみれを弾きたかった。
だから、彼女が早くこの場を立ち去ってくれることばかり願っていた。


「私、千春くんのことが好きなの」

「へぇ」

「でも、告白はしないでいようかなって」


目線を下げてそう言った彼女。
思わず、岬は顔を上げた。

目を見張って、彼女を見た。
眉の上でバッサリ切られた前髪。
あどけなく頬が火照ってるその顔。

千世子だ。
そうだ、彼女の名前は千世子だった。

ライムソーダの最後の一滴を飲み干しながら、岬は遠い日の同級生の名前をようやく思い出した。


「なんで」


確かあの時、岬はそれだけ返した。
千世子は不思議そうに岬に笑い返してきた。


「なんでって、なにが?」

「なんで千春に告白しないの?好きなんでしょ?」

「だって、千春くんは岬ちゃんのことが好きじゃん」

「なんで」






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