千の春
「俺のマイちゃんは、わがままだな」
「へぇ」
「でも可愛いから許しちゃう」
聞かなきゃよかった。
デレデレと彼女の惚気を話す丸井くんは予想以上に気持ち悪い。
「喧嘩も多いけどね。マイちゃん頑固だから」
「喧嘩するんだ、やっぱり」
「するよ」
そこまで話していた時に、近くに店員が通りかかった。
岬は片手を上げて呼び止める。
メニューを持ちながら、次にウーロンハイを頼んだ。
喧嘩。
やはり、ある程度親しい間柄であれば、喧嘩の一つや二つするものなのだろう。
大皿に乗った唐揚げ。
最後の一個を口に含む。
誰かがレモンをかけたのか、程よい酸味と油が口の中に広がった。
岬は思わず、ぽろっと千春のことを話し始めていた。
「高校の時、親しい男の子がいて。ライバルって感じだった」
「へぇ」
「でも、実際そんなに親しくなかったのかも。一回も喧嘩はしなかった」
丸井くんは追加のビールを美味しそうに呑む。
「喧嘩なんてしなくてもいいだろ」
「そうだけど、いっつも向こうが引いてくれてたからさ」
「相手が大人だったってことか」
「そうかも」