千の春
「天才って、20歳になる前に連れて行かれるんだって。知ってた?」
「は?」
「その子、17で死んだからさ。すんごい演奏してたの。ほんと、憎たらしいほどにいい演奏」
岬の言葉に、丸井くんはパチパチとまばたきする。
一方で岬は、なんだか開放感があった。
思えば、千春の演奏の正直な評価を口にしたのは初めてかもしれない。
心の中ではすごいと感心していても、実際に言うことはほとんどなかった。
千春が死んでからも。
けれど、3年経った今、こんな騒がしい酒の席で言えている。
私も少しは大人になったのかも、なんて岬は思う。
気分がいい。
曲のイメージをつかめた時の爽快感に似ている。
「27クラブみたいな話か?」
夢見心地だった岬を現実に引き戻したのは、丸井くんの声だった。
「27クラブ?」
「ブライアン・ジョーンズとか、ジミ・ヘンドリックスとか」
「ドラッグじゃん、それ」
「でも27歳で死んでんだぜ、なんかあるだろ、絶対」
俺、ロバート・ジョンソン好きなんだよ、と丸井くんは言う。
岬にとっては果てしなくどうでもいい情報だ。
ただ、記憶をたどってみれば確かにそんな話は聞いたことがあった。
誰に聞いたのか。
おおかた、繊細だろうけど。
『奇才に死の匂いがつきまとっていた時代』
確か、そんなことを言っていた気がする。