千の春
「その岬の友達も、27まで生きててくれればよかったのにな。死ぬのが10年早いよ」
「別にそんなクラブに入らなくてもいいよ」
「えー、カッコ良くねぇか?」
「全然」
第一に、岬はあまりロックが好きではなかった。
繊細な音楽が好きな岬には、ロックは力強すぎる。
ビールのグラスについた水をなぞりながる丸井くん。
そういえば、とその口が動く。
「うちの大学にも、いたよな」
「27クラブ?」
「そー。5年前だっけ?亡くなったの。美術家の先輩だけど」
「知らない」
「えー!?」
嘘だろ有名だぞこの話!と丸井くんはテーブルを叩く。
うるさいなぁ、と岬は少し身を引く。
そんな岬の様子に気づかないのか、丸井くんはなんとか思い出そうとウンウン唸ってる。
「確か、油絵かいてた人で、ヴェネツィア・ビエンナーレにも作品出してた!」
「美術家のことなんて知らないって」
岬は投げやりに返す。
おそらく隣人の日向に聞けばわかるだろうが、確認する気もない。
「なんかもっさりした先輩でさ、待ってろ!検索したら絶対出るから!」
丸井くんはそう言って携帯をいじり始めた。
iPhoneケースには綺麗な海の模様が描かれていた。
岬は丸井くんの気がすむのを待つつもりでウーロンハイをちびちび飲む。