千の春
「久しぶり」
雪が降る日。
買い物帰りの岬の前に、日向は1年前と同じ姿で現れた。
「よくも騙してくれたね」
「ごめんって」
ツンツンとした髪。
野暮ったい黒縁メガネ。
懐かしい日向の姿だった。
「で、日向はなにをしたかったわけ?」
私のそばに1年もいて、何か達成できたの?と岬が聞けば、日向は目を細める。
「ちょっとした好奇心だよ。そのせいで、この1年間、妙音さまにこってり絞られたけど」
妙音さま、本気で怒ってて怖かった、と日向はこぼす。
さくり、と雪を踏みしめ岬は一歩、日向に近づく。
すると日向は首を振り、逆に一歩下がる。
胸ぐらでも掴んで一発おみまいしてやろうかと思ったが、残念ながらそれは叶わなそうだ。
「千春は、」
「妙音さまだよ」
日向はにっこりと笑って岬の言葉を遮った。
ただの人間が、あんな演奏できるわけないんだよ、と日向は続けた。
そうか、千春は神様だったのか。
そして日向は死人だったわけで。
岬は日向の顔を見つめる。
青白い顔。
死んでいるのだなぁ、と岬はそこでようやく実感できた。
黙ったままの岬に、日向は言葉を続ける。