千の春
小人の踊り
「愛の曲で俺の右に出る奴はいないぜ!」
愛や失恋をテーマにした曲が得意なくせに、情緒のカケラもない言い方で自慢する男だった。
5歳からピアノを始め、コンクールではいつも最優秀賞をとっていた15歳の岬の前に、そいつは彗星のごとく現れた。
『14番、芥川 千春さん』
アナウンスと共に、壇上を歩いていく、生意気そうな顔。
千の春という名前を綺麗だとは思ったが、いかんせん気の強さが前面に出ている少年には合わない。
聞いたこともない名前だった。
千の春、千春。
それまで何かのコンクールで名前が挙がっていたら岬だって覚えていたはずだ。
けれど、彼の名前に聞き覚えはなかったので、あのコンクールが彼のデビュー戦だったのだろう。
突然岬の前に姿を現した15歳の芥川少年、千春は、それはもう嵐のような奴だった。
中学生のくせに生意気にもシューマンのアレグロを弾きこなし、あっという間にコンクールの最優秀賞をかっさらっていった姿。
彼の演奏技術の高さと、若さを武器にした勢い余るほどの熱量を感じるピアノ。
聞いていて安心感は覚えないが、その走り抜けるような一瞬の熱量には、ものすごく人を惹きつける力があった。