千の春
審査員の先生方の絶賛。
噂が噂を呼び、当時のピアノ界で彼は神童とまで囁かれた。
その騒ぎを「5歳でメヌエットを弾きこなしたモーツァルトが神童と呼ばれるならともかく、15歳の千春に神童はないでしょう」と岬は冷めた目で見ていた。
確かに彼からは常人とは一線を画すものを感じるが。
当時、突如現れた才能を前に岬の敵対心は大きく刺激された。
それからは打倒千春を目標にさらに練習を重ねた。
腱鞘炎になるからと先生に止められ、怒られたことも数知れず。
中学3年生の岬は、ただただガムシャラだった。
そんな、岬にとっての憧れであり(認めたくはないけれど)、一方的なライバルであった芥川千春。
なんの因果か、彼と岬は同じ高校に進学していたのだった。
忘れもしない。
入学式の日に見たクラス名簿に載っていた芥川千春の四文字を。
同姓同名の別人と思いたかったが、現実は非情だ。