千の春





「一丁前にピアノを弾いて、音楽をやってるくせに。人の演奏中に寝るなんて、ふざけてるの?」


後日、岬がそう詰め寄った時、千春はむすっとした顔で言い返してきた。


「仕方ないだろ。その時は音楽なんて興味なかったんだからな」


その時は、と千春は言った。
岬は眉を寄せる。
その時は興味なかったって、どういうことだ。


「ピアノは何歳から?」

「・・・小5からだから、11歳」


フッと、視界が暗くなった気がした。
心に湧き出た感情は、激しい嫉妬だった。

私は5歳からずっとピアノを弾き続けていたのに。
それなのに、11で始めたこの男に負けたんだ。
他人の演奏中に寝るような、ふざけた男に。


「寝たのは悪かったよ。今はそんなことしない」

「・・・当たり前でしょう」

なんとか声を絞り出した岬に対して、千春は何を思ったか楽しそうな顔をした。


「2年前の、リストのコンソレーション第3番、俺あれ好きだったぜ」


くくっと笑いながらそう言う千春は、純粋に褒めていたのだろう。
同じピアノを弾く仲間として、仲良くしたかったはずだ。

岬にだってわかっていた。
けれど、ここで簡単に仲良くなるには、岬の自尊心は高すぎた。

ここで仲良くなってしまったら、負けだと思ったのだ。





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