千の春
「次は、私が最優秀賞を取る。絶対」
考える前に、口から出ていた。
千春の驚いた顔。
岬だって驚いていた。
自分がこんなにも子供っぽいことを言うなんて、と。
けれど口に出してしまったからにはもう後には引けなかった。
「負けないから」
目を見開いたまま固まる千春をそのままに、それだけ言って岬は立ち去った。
悔しかった。
あんなふざけた男に、負けた自分を認めたくなくて、その日はひたすらメンデルスゾーンを弾いた。
心のなかはぐちゃぐちゃだったから、演奏はひどいものだっただろう。
リストなんて絶対、弾いてやるもんかと思った。
その時にでも気持ちを切り替えて自分の課題に向き合えてれば、岬も神童と呼ばれる可能性もあっただろうが、当時の岬にはそんなことはできなかった。
リストのコンソレーション第3番、覚えている。
「慰め」
透き通った音楽だ。
岬が大好きな曲。
「俺あれ好きだったぜ」と千春は言った。
その言葉が、なぜか悔しかった。
素直に喜べばいいものを、泣きたくなるほどに悔しがる自分がみじめだった。