いつか、君の涙は光となる
私が彼に何をしたと言うのだろう。目を合わせたこともない、話したこともない、名前を呼んだことも触れたこともないと言うのに。
それでも、嫌いという感情を抱くということは、彼は私の存在を知ってはいたのだ。
嫌いと言われたはずなのに、その事実が、どうして私の心を揺さぶるのか。
○
ゴオオ、という海鳴りが聴こえる。小学生の頃拾った大きな貝を耳に当てると、数年前までの思い出が不思議と蘇ってくる。ひんやりとした貝の奥から聞こえる波音が、毎年行っていた海の景色を蘇らせる。そんな風に目を閉じて横たわっていると、突然母が部屋をノックした。
「詩春、ちょっといい?」
ベッドから気だるげに起き上がると、寝てた? と母は少し申し訳無さそうに眉を下げた。
「今からパパと買い物行こうと思ってるんだけど、詩春は来れる?」
「うんー、いいや。部活で疲れてるし、二人でいってきなよ」
「来ればいいじゃない、別に体調悪いとかじゃないでしょ? 一人分お昼準備する方が面倒なんだけど」
適当に食パンですませるからいいよと言うと、母は不満げな反応を見せた。再婚をしてからあまり買い物に付き添わなくなったのは、新しい父親と母とのことを気遣っているからだと、きっと母は勘違いしている。これ以上しつこく言うことを諦めた母は静かに部屋の扉を閉めようとした。……しかし、私のベッドに置いてある貝が視界に入ったのか、扉を閉めずに部屋の中に入ってそれを取り上げた。