いつか、君の涙は光となる
泳ぐことにハマった理由は、本当の父親がよく海に連れて行ってくれたからだった。
海水はしょっぱく、鼻や目に入ると尋常じゃなく痛いし、クラゲに刺されたこともあった。それでも、体が重さを失って、水の中にふわふわとただ浮く瞬間は、何にも代えがたい快感であった。
ただ浮いていることが好きだった私は、あまり泳ぎは速くなれなかったけど、そんなことは競争心の薄い私にとってどうでもよかった。それを沙子に話したときは、彼女は私らしいと笑っていたっけ。

「二時間利用でお願いします」
私は学校帰りに市民プールの受付を終わらせ、スクール水着に着替えていた。新しい顧問の先生が見つかるまで活動は中止なので、こうして一人でやってきたのだ。
ストレッチを軽く済ませ、静かに水に足を漬ける。足首から全身に冷たさが伝導するが、胸元まで浸かると段々と水が肌になじんでいく。心拍数が整ったところで、頭を後方に下げ、目を閉じゆっくりと全身の力を抜いていく。自分は今、海の中を漂うただのぺらぺらのチラシ。そんな風に思うと、不思議と心がリラックスしていくのを感じるのだ。
今日は雨のせいか、私一人しかいない。泳ぎ放題の水の上で、私は呪いの言葉を水に溶かし出してしまおう。

「お前、全然泳いでないじゃん。寝てるみたい」
突然降ってきた言葉に目を見開くと、そこには制服姿の吉木がいた。突然のことに驚き思わず体勢を崩すと、私はたちまち水の中に沈んでしまい、プールの底に頭を打ち付けた。水の中で歪んで見えた吉木は、ちっとも慌てている様子ではなかった。
私は勢いよく水面に顔を出し、呼吸を整える。そんな私を見据えて、吉木は「やっと捕まえた」とふてぶてしい顔で言ってのけた。

「この前の話、聞かせろよ」
「な、なんでここにいるの」
「岡崎万里に、ここによくいること聞いたんだよ。ここまで追い詰めないと、この前のあれ、話さないだろお前」

逃げられない、 のだろうか。頭を打ち付けた拍子に取れた帽子がぷかぷかと水面に浮いている。顔に張り付いた髪も退けずに、私はじっと吉木の目を見つめた。嘘は通用しないことは分かっていたので、私は半ばヤケになって事実を語った。
「そのままの、意味だよ……泣いた回数とか、触れるとどうして泣いたのか分かるの。映像が浮かんできて」
自分でも言葉にすると嘘くさくて笑えてしまうような、信じられない能力だ。彼はどんな反応を示すのか、怖くて目が見られない。
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