いつか、君の涙は光となる
宗方君は、鞄から黄緑色の紙に印刷されたチラシを取り出して、私の手に無理やり持たせた。チラシの一番上には、マジックペンで太く『登山サークル グリーンフラッシュ』と書かれていた。
「元水泳部の詩春は海の方が好きかもしれないせど、山もリフレッシュできていいよ。いつか詩春とも行ったけど、キャンプにどハマりして、それから登山に興味持ってさ」
「グリーンフラッシュってどんな意味なの?」
「緑閃光だよ。太陽が昇ったり沈んだりする時、一瞬だけ緑に光る現象。それを見ると幸せになるとか言われてるけどね。一応そんな、一瞬の美しさ的な景色を見に行こうってコンセプトでやってる」
スマホで検索して出てきた画像を見せられて、私は思わず恍惚としてしまった。オレンジ色の空なのに、緑の色に発光した夕日が山の向こうで溶けている。幸せになれるなんて迷信が気になったわけじゃないけれど、この景色を肉眼で見ることができたらどんなに感動するだろうか。
久々に昔の友人と話したせいか、それとも久々に綺麗な景色を見たせいか、弱った心に何かが染みて、この平坦な日常に光が欲しくなってしまった。
「……俺さ、連絡先から詩春が消えた時、結構焦ったしショックだったんだ」
スマホを見たまま固まっていた私に、宗方君が真剣な声で語りかける。ふと顔を上げると、少しだけ熱を持った瞳で、宗方君は私を見つめていた。
「だから、サークル入ってくれると凄く嬉しい。連絡待ってる」
そう言い残して、彼はロータリー方面へと走って行った。私は、黄緑色のチラシを見つめたまま、新宿の雑踏の中でぼんやりと過去のことを思い出した。
キャンプに行ったあの日、君は珍しくご機嫌だった。山が好きなんだと、一瞬だけ、本当に一瞬だけ笑っていた気がする。
軽々とバンガローまでの木造階段を駆け上っていく君の後ろ姿や、りんごをつまみ食いした君の表情が、今は擦り切れた思い出になって、所々しか蘇らない。目を閉じると、さっきの緑の閃光が瞼の裏に焼き付いていた。
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