いつか、君の涙は光となる
「あ、ひ、久しぶり。髪切った?」
どこから聞いたらいいのか分からず、とりあえず間抜けな顔で一言発すると、沙子はぶっと吹き出した。
「はは、変わってないな、詩春は」
「そ、そうかな……? ありがとう」
「お礼言うか、そこで」
高そうな水色のシャツに、ストレートの黒パンツ姿の沙子は、茶色く染めた短い髪の毛を片耳にかけている。化粧も一切していないのに、相変わらず目力がある彼女は、行こうと言って、会話もそこそこに私の前を歩き出した。
……沙子、沙子だ。この歩き方、この笑い方、このさっぱりした話し方。見た目は大きく変わっていたけれど、沙子と再び出会えたことの嬉しさで、すでに胸がいっぱいになってしまった。そんな私の胸中なんて知らずに、沙子は今までのことを話し始める。
「声、驚いたでしょ。潰したんだ喉、女みたいな声が嫌でさ」
「つ、潰せるもんなんだね」
「注射とかはまだ打ってないよ。そのうち打つかもしれないけど、とりあえず今は半端な自分楽しんでる」
彼女の言う注射とは、恐らく男性ホルモンの注射のことだろうと、なんとなく察した。私の腕よりも、少しがっしりとした腕を見て、沙子は自分の体と戦ってきたんだとぼんやり思った。スカートを翻して、移動教室の時に走っていた頃の沙子はもういない。彼女の前髪が夜風に舞い上がると、アイシャドウもマスカラも何も乗っていない、素の瞳と目があった。どきりとして、思わず目を逸らすと、沙子はまた笑った。

近くの個室居酒屋に入ると、沙子は銀のライターの蓋を指で弾いて、タバコに火をつける。斜め上に煙を吐き出す彼女をじっと見つめていると、丁度お酒が運ばれてきた。一先ず乾杯して、一口飲んだところで彼女は口を開く。
「急に呼びだしてごめん。卒業後に万里から連絡きて、詩春も東京にいるって聞いてさ。どこかで会えるかもって思いながら過ごしてたらあっという間に二年生になって、急に焦ってきて勢いで呼んじゃった」
「こっちにいるって知らなかった……、新宿は大学近いの?」
「うん、詩春は?」
「私はバイト先が近くて」
< 69 / 119 >

この作品をシェア

pagetop