いつか、君の涙は光となる
聞きたいことはたくさんある気がするのに、こんな当たり障りのない会話しかできない自分に呆れる。私とは違って落ち着いている様子の沙子は、長い前髪を耳にかけて、お酒を口に運んだ。
「会ってくれないかと思った。気持ち悪がられてると思って」
「え、どういうこと?」
「どういうことって、普通気持ち悪いでしょ。女から告られるなんて」
沙子は笑ってそう言ったが、私はどう反応したらいいのか分からなくて小さく首を横に振った。驚いたけど、沙子を気持ち悪いとは思わなかった。そんなことより、もう会えなくなってしまうことの方がショックだった。そのことを伝えると、沙子は「そっか、ごめん」と言って申し訳なさそうに目を細めた。
「転校して、水泳めちゃくちゃ頑張ってたよ。せめて、自分の体を言うこと聞かせる為に運動してた気もするけど。でもそのうち、水着姿の自分に耐えられなくなって、引退してからすぐベリーショートにして、制服も着なくなってずっとジャージだった」
「そうだったんだ、色々あったんだね……」
「振り返ってもやっぱり、万里と詩春といるのは楽だったよ」
懐かしむように沙子が優しく目を細めるもんだから、なんだか胸の奥がぎゅっと苦しくなってしまった。そんな風に言ってもらえたのに、私は今万里と距離を置いてしまっている。
「万里と何かあったの? 無神経なこと言っちゃったのかもって、心配してたよ」
「いや、そういうわけじゃなくて、私もずっと万里には悪いことしたなって後悔してて……」
「卒業してから二年経ったけど、ずっと連絡取ってないの?」
「うん、万里は何も悪くない。私が傷つくのが嫌で逃げただけなんだ」
「はは、詩春から逃げた時の自分と同じじゃん。あの時、傷つくのが怖くて逃げた」
沙子はタバコを灰皿に押し付けてから、ちゃんと私の目を見つめた。それから、数秒沈黙が続いて、彼女は口に出すのを一瞬躊躇うような素ぶりをした後、重い口を開いた。
「……正直もう、詩春とは一生会わないと思ってた」
白く長い指を口の前で組んで、沙子は静かに語り始める。一生会わない、という言葉の重みに、それくらいの覚悟で私に思いを打ち明けたのだと知って、胸が軋んだ。
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